彼岸会によせて

先日、お盆の行事もひと段落ということで、家族で映画を観に出かけたときのことです。入場チケットのQRコード提示はもちろん、ポップコーンを買うのもキャッシュレス。機械のどこにスマホをかざせばよいのいか戸惑う私に、娘が「ここだよ」と教えてくれ、赤く光る読み取り機にかざすだけであっけなく会計が終わりました。「もう娘がいないと映画も観に行けないね」と妻と笑い合いましたが、日常のあらゆる場面で「身の回りの仕組み」が目まぐるしく移り変わっていることを実感します。画面をかざすだけで買い物も手続きも完結する現代は便利で快適です。しかしその反面、人に触れ、手渡しでものを受け取るような「手触り」や「体温」を感じる機会は少しずつ減っているのかもしれません。もちろん時代の大きな流れであり、私たちは受け入れながら生きていく必要があります。そうした日々のなかにあって秋のお彼岸はとても「身体的」な行事だと思います。
お線香に火を灯し、冷たいお水でお墓を清め、お花を供える。墓石にそっと手を触れて「お参りにきましたよ」と手を合わせる。このように仏教では、頭で理解するだけでなく、身(身体)、口(言葉)、意(心)のすべてを使って思いを体現することを大切にします。機械にかざすだけのデジタルな日常から少しだけ離れて自分の身体で実践する。その直接的な「手触り」の中にこそ、時代がどれほど変わろうとも決して色あせない、亡き人やご先祖さまとの温かなつながりが確かに宿っているのではないでしょうか。 住職 合掌

